白鳥のジュン~ミニスカ刑事、北川ジュン(24)VSネブラの女幹部

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第1章 白鳥は夜に舞う
港湾倉庫街の夜は、潮の匂いと鉄の匂いが混ざっていた。
コンテナの影を縫うように、戦闘員たちが音もなく移動している。靴底の擦れる気配さえ、彼らは殺していた。
その沈黙を裂いたのは――ヒールの、乾いた音だった。
「……誰だ」
戦闘員の一人が振り向く。
街灯の淡い光の下に、女が立っていた。白いミニスカスーツ。短いスカートは動きやすさを優先した実務仕様だが、着る者の意思がなければただの無謀に見えるだろう。
北川ジュン、二十四歳。警視庁特捜。
彼女は恐れを隠すのではなく、恐れを“扱う”目をしていた。
「警視庁特捜。北川ジュン」
「女一人で……」
嘲るような声と共に、戦闘員たちが扇状に広がる。
彼らの背後には、倉庫のシャッター。内部からうっすら漏れる光。何かが動いている。今夜の取引、あるいは――実験。
ジュンは一度だけ、胸の奥で息を吸った。
まるで水面に沈む前の白鳥のように。
「……今夜は、白鳥が舞う」
腰の変身デバイスが、淡く鳴った。
指先がスイッチに触れた瞬間、冷たい夜気が逆流し、彼女の輪郭が白光に溶ける。
「変身――白鳥のジュン」
光が羽根の形に弾け、頭部へと集まった。バイザー付きのヘルメット。視界が一瞬だけ青白く再構築され、次の瞬間、世界の輪郭が鋭くなる。
肩、背、腰――白い羽根の意匠が軽やかな輪郭を描き、ピンクのミニスカートが“戦うための色”として夜に映えた。
戦闘員が怯む。
その一瞬が、勝敗の分かれ目だった。
ジュンは一歩、踏み込む。
一撃目は、ためらいがない。
ハイキック。
靴底が夜気を裂き、顎先へ直線が突き刺さる。戦闘員の頭が弾かれ、体が糸を切られた人形のように倒れる。
「――っ!」
二人目が突っ込む。
ジュンは腰を沈め、回転。脚が円を描く。二段回し蹴り。連続で腹、こめかみ。最後は跳び、ジャンプヒール。踵が胸元を撃ち抜いた。
「囲め!」
左右から来る。
だが、白鳥の翼は飾りではない。踏み替えが軽い。
ジュンは体ごと旋回し、縦に跳ぶ。空中で姿勢を折り、落下の勢いを蹴りに変える。
縦回転ハイキック。
三人が同時に崩れた。
羽根の残像が白く揺れて、夜の鉄骨に消える。
静寂が戻る。
ジュンは息を整えながら、倉庫の二階へ目を向けた。
そこに――気配があった。
女の声。冷たく、甘い。
「……美しい蹴りね、白鳥」
「誰だ!」
ジュンが構える。だが姿は見えない。ただ、闇の密度が違う。
“人間ではないもの”が、そこにいる。
「また会いましょう。次は……もっと近くで」
気配は霧のように薄れた。
ジュンは歯を食いしばる。今夜はまだ終わらない。倉庫の奥で、取引は続いている。
背後――倉庫裏の路地。
そこに彼女の相棒が眠っていた。
白とピンクの専用バイク。細身の車体に、羽根のライン。
ジュンは跨り、キーに触れる。
「スワン・ライダー、起動」
エンジンが高く澄んで鳴いた。
その音は、白鳥の羽ばたきに似ていた。
ジュンはアクセルをあおる。
「空を飛べなくても――私は、止まらない」
夜の街へ、疾走。
白鳥の戦いは、ここから加速する。
第2章 疾走する翼
港湾倉庫街を抜けた瞬間、風の質が変わった。
潮の湿り気が薄れ、代わりにアスファルトの熱が残る。深夜の幹線道路は車が少ない。だが少ないからこそ、速度が罪深くなる――。
ジュンはスワン・ライダーのタンクを膝で挟み、前傾を深めた。
バイザーのHUDに速度が映る。上がる。上がる。
しかし彼女の視線は速度計ではなく、前方の“黒い箱”に固定されていた。
数百メートル先。黒塗りのバン。
ナンバーは偽装。テールランプが必要以上に暗い。
そして――バンの屋根の上に、人影。
「……乗ってる?」
ジュンが呟いた瞬間、その人影が跳ねた。
アスファルトへ飛び降り、滑るように立ち上がる。戦闘員。
彼は道路の真ん中で腕を広げ、まるで“ここから先は通さない”とでも言うように笑った。
ジュンはブレーキを踏まない。
恐怖が背骨を走った。だが同時に、体が答えを出していた。
「行く」
アクセルをさらに開く。
スワン・ライダーのエンジンが悲鳴のように回り、車体が前に噛みついた。
戦闘員が構える。
棒状の武器を振り上げる。
ジュンは車体を右へ倒し、ギリギリでかわす――ように見えて、かわしていない。
彼女は“かわす”ではなく、“すり抜ける”のだ。
一瞬、戦闘員の横を通過した刹那。
ジュンの左脚が跳ね上がる。
ライド・ハイキック。
バイクのステップから足を外し、車体の傾きを利用して蹴りを叩き込む。
戦闘員の顎が跳ね上がり、体が回転し、路面に転がった。
(止まるな)
ジュンは心の中で自分に命令する。
止まれば、囲まれる。
囲まれれば、彼らの目的地に辿り着けない。
黒塗りバンが前方で車線変更した。
逃げるつもりだ。
バンの窓の内側で、何かが揺れた。拘束具の金属が反射したようにも見えた。
「……運んでる」
ジュンの声が、低くなる。
誰かを。あるいは、何かを。
次の瞬間、バンの後部ドアがわずかに開き、黒い物体が投げ出された。
金属の釘。ボルト。スパイク。
撒菱のように路面へ散る。
「っ!」
ジュンは咄嗟にハンドルを切った。
スパイクがタイヤに触れれば終わる。
だが逃げ場は限られている。対向車線へは出られない。
彼女は“攻め”に転じた。
道路脇のガードレールへ寄せ、車体をさらに寝かせる。
スワン・ライダーの膝擦りが火花を散らし、スパイク地帯の外周をなぞるように通過する。
ギリギリで抜けた。
バイザーのHUDが警告を点滅させる。だがジュンの目は笑っていなかった。
「……まだ」
前方。バンが高架へ入る。
そして、その高架の入口に、二体目、三体目の戦闘員が待ち伏せしていた。
一人はワイヤーを構え、もう一人は大型のパイプを肩に担いでいる。
罠だ。
ワイヤーを張って首を刈るつもりだ。
ジュンはブレーキを踏む代わりに、速度を上げた。
彼女の身体は、恐怖に対していつも同じ答えを返す。
――やるしかない。
「白鳥――跳べ!」
スワン・ライダーのフロントを軽く引き上げ、段差へ突っ込む。
高架入口のわずかな傾斜で、車体が浮く。
ワイヤーが目の高さで横切る。
ジュンは身体を寝かせる。
ヘルメットのバイザーがワイヤーすれすれを抜け、火花が散った。
同時に、空中でジュンの脚が伸びる。
空中ハイキック。
パイプを構えていた戦闘員の顔面へ、踵が突き刺さる。
体が後ろへ吹き飛び、パイプが落ちる。ガタン、と高架の床を転がった。
着地。
サスペンションがうなり、ジュンはハンドルを抑え込む。
ここでバランスを崩したら終わりだ。
――終わらせない。
バンとの距離が縮まる。
高架のカーブ。バンが大きく膨らんだ。
重い車体。運転は荒いが、コーナーは甘い。
ジュンはインへ入った。
車体を寝かせ、カーブの内側を鋭く切る。
そのままバンの横へ並ぶ。
運転席の男がこちらを見る。
驚きより先に、憎悪が来た。
男は窓を開け、短銃身の何かを突き出した。
発射音。空気が裂ける。
ジュンは頭を振らない。
躱すのは“身体”ではなく、“ライン”だ。
彼女はほんの数センチだけ、バイクの位置をずらす。弾丸が肩口の羽根をかすめ、白い破片が散る。
(羽根は――飾りじゃない)
ジュンは片手を離し、バンの側面を掴む。
バイクとバンが並走し、互いの風圧がぶつかり合う。
「離れろ!」
男が叫ぶ。
ジュンは離れない。
離れたら、誰かが消える。
彼女は足を上げた。
バンのサイドミラーを蹴る――のではない。
蹴りはもっと深い場所へ向かう。
ミニスカートの裾が風に翻り、脚が一直線に伸びた。
サイドウィンドウへ、ハイキック。
ガラスが蜘蛛の巣状に割れ、男が身を引く。
バンがふらつく。車線が乱れる。
「今だ」
ジュンはバイクを前へ。
バンの鼻先を抑える位置に入り、進路を塞ぐ。
だが、バンは止まらない。
代わりに、前方の出口へ向けて急加速した。
出口の先――工業地帯。夜でも動く工場群。
そして、その奥に、ひときわ暗い建物が見えた。
(あそこが……)
敵組織《ネブラ》。
今夜の荷が運ばれる場所。
ジュンは追う。
追いながら、バイザーの通信を開いた。耳元に微かな電子音。
「こちら白鳥。ターゲット、工業地帯へ。搬送物あり。阻止する」
返答はない。
それが、単独任務の重さだった。
出口を降りる。
路面が荒れ、砂利が跳ねる。
バンがわざと段差の多い道を選び、ジュンのバイクを揺さぶろうとする。
(揺さぶられてるのは、バイクじゃない。私の心だ)
ジュンは深く息を吸い、体幹を締めた。
膝でタンクを噛む。背筋を一本の線にする。
揺れを“受ける”のではなく、“流す”。
前方でバンが急にブレーキ。
そのまま横へ。
路地へ突っ込む。
ジュンも追う。
狭い。暗い。壁が近い。
だがスワン・ライダーは細い。ここに強みがある。
バンの後部ドアが開く。
戦闘員が飛び降り、路地を塞ぐように散る。
「ここまでだ!」
ジュンは止まらない。
止まれない。
彼女は壁際へ寄せ、スロットルを一瞬だけ閉じ、次の瞬間――開けた。
バイクが前へ跳ぶ。
