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「……やっぱ、のえのらさんって文章上手いですよね」
施術後。 薄暗い部屋の中で、彼女はくすっと笑った。
名古屋・葵エリア。 人気店《Aroma Lounge Lapis》。 そして、予約困難セラピスト――白瀬ミユ。
距離感の近さで有名な女だった。

「いやいや、ただの体験談ですよ」
そう返しながらも、悪い気はしない。
実際、彼女との時間は“ネタ”になる。
柔らかい声。 わざとらしくない密着。 目が合うたびに笑う癖。
そして何より、 「自分だけ特別」 と思わせるのが異様に上手かった。
「でも、嬉しかったです」
ミユはタオル越しに肩へ触れた。
「前に書いてくれた記事。あれ見て来たって人、結構いるんですよ?」
「マジで?」
「はい♪」
彼女は楽しそうに笑う。
ワクスト。
メンエス体験談投稿サイト。
人気ライターの記事一本で、 新人セラピストの売上が変わることもある世界。
当然、店側もセラピスト側も、 有名ライターを大事にする。
のえのらも、その一人だった。
「次の記事も楽しみにしてますね?」
耳元で囁かれる。
吐息が近い。
シャンプーの甘い香り。
わざとらしく胸元が当たる距離感に、 思わず苦笑する。
「そういう営業、全員にしてる?」
「どうでしょう?」
ミユは悪戯っぽく笑った。
「少なくとも、“覚えてるお客さん”にはしてるかも」
その言葉が、妙に引っかかった。
帰宅後。
軽くシャワーを浴び、 ビール片手にワクストを開く。
自然と彼女の名前を検索していた。
人気セラだけあって記事数は多い。
だが、 読み進めるうちに違和感が生まれる。
――展開が似ている。
もちろんライターが違えば文章も違う。
だが。
「耳元で囁く」
「距離感が異常に近い」
「覚えててくれた」
「俺だけ特別感」
妙に共通している。
偶然。
そう思おうとした。
だが、 別の記事の一文を見た瞬間、 のえのらの指が止まる。
『帰り際、“次はもっとイチャイチャしましょ?”って笑われた瞬間、完全に落ちた』
それ、 今日、自分が言われた言葉だった。
投稿日時を見る。
――三日前。
「……は?」
嫌な汗が滲む。
さらに別の記事。
『眼鏡を外した瞬間のギャップ、スイッチの入り方ががヤバい』
『一転して貪るようにFBKのTINKを求めるように押し倒され…そのままズルっと挿入』
『この世にある全ての隠語を駆使して乱れまくった』
今日、 彼女は施術終盤で眼鏡を外し……陰獣のように淫らに求めて来た。
投稿日時。
――先週。
偶然にしては、妙だった。
気になったのえのらは、 ライター用Discordを開く。
そこには、 体験談投稿者たちの雑談部屋があった。
「ミユ姫、また当たり引いたっぽいな」
「客の転がし方えぐい」
「てかあの子、他店情報どっから拾ってんの?」
その流れの中。
ある古参ライターが、 冗談半分でこう書き込む。
“あいつ、自分で記事書いてんじゃね?”
空気が少し止まった。
“男視点うますぎるんよ”
“会話テンプレ化してる感ある”
“毎回『俺だけ特別』になるの怖い”

笑い混じりの流れ。
だが、 のえのらだけは笑えなかった。
ふと、 今日の会話を思い出す。
「他のお客さんの記事、結構読みます?」
あの時。
ミユは、 やけに自然にライター文化を理解していた。
まるで。
投稿する側みたいに。
嫌な予感に突き動かされ、 のえのらは再び検索窓を開いた。
検索ワード。
【のえのら】
当然、 自分の記事一覧が並ぶ。
だが。
その中に、 見覚えのないタイトルが混ざっていた。
【“理解される快感”を知ってしまった夜】
開く。
そこには。
今日の部屋。 今日の会話。 今日の空気。
そして。
まだ誰にも書いていないはずの、 自分の感情が綴られていた。
『多分、俺は最初から“読まれて”いたんだと思う』
喉が鳴る。
投稿日を見る。
――今日の13時42分。
店に入る、 二時間前だった。
スマホが震えた。
通知。
ミユからのDM。
『次回、もう少し深い話しません?』
『のえのらさん、書きやすいので♪』
その文面の最後には、 ウインクの絵文字が付いていた。
