母乳教師 智春(分冊版5/5)
<第五章>
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相田の目配せを受けて、江沢が田尻の前に立って、おどけた口調で説明すると、田尻は声にならない叫び声をあげて、痛む足を引きずりながらラグビーのタックルの様に江沢の腰の辺りめがけてぶつかっていく。
「ふざけんなっ」
田尻は、江沢の上にのしかかって、その腕からデジタル・ビデオカメラを引ったくろうとする。無論、相田はもつれあう二人の様子を漫然と見ているはずはなく、すかさず江沢に馬乗りになった田尻の肩口を、思い切り蹴り上げた。
後方に勢いよく田尻が倒れると、江沢は憎々しげに田尻を睨め付けるやいなや、田尻の痛めている方の足に、体重を乗せて踏みつけた。
「ぐああぁッ」
悲鳴をあげてのたうち回る田尻を見下ろす江沢と相田の表情は、行った行為の過激さに比べて、あくまでも冷静で落ち着いていた。
「よし、卓、そろそろここをずらかろう。何時先生の旦那さんが帰ってくるかわからない時間だからな」
相田の言葉に江沢は肯くと、床に横たえたままの赤ん坊を右手に抱きあげ、デジタル・ビデオカメラを左手に持った。
「さ、先生、今言ったように、ここから外に出ますよ。先生だって、旦那さんにこんな恥ずかしい姿を見られたくはないでしょう?」
江沢を一瞥した相田は振り返って、未だに全裸のまま冷たい床の上に豊満な臀部を乗せたままでいる智春に、小さな子供に言い聞かせるような口調で話しかける。
「そんな……だって、ここをこのままにして、私や祐太が帰っていないってことになったら、あの人が、心配します……」
自分たちが夜になっても帰って来ていないことを夫がどれだけ心配するだろうかという思いと、いままで散々相田たちに振り回されてきた怒りもあって、智春は相田の言葉に難色を示した。
「この期に及んで、何を言い出すんです?もしこのままここに居続けるというのなら、僕らはこのままで全然かまいませんよ。辺り一面ミルクまみれの玄関で、妻が裸で教え子とのふんふん鼻をならして腰を振っているなんて現場を旦那さんに見せたいのならね」
その言葉に、智春は胸の奥底から強い怒りが沸き上がってくるのを感じた。先ほどの田尻との行為で、完全に夫を裏切ってしまったことも相まって、このままこの憎らしい子供たちの言うなりで居続けることが、今後どれだけ自分や家族たちに残酷な状況を生み出すのか、予想がつかなかったからだ。
