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好きなら好きって言うでしょ

「こんなとこに咲いてた」

 

 

ひび割れたアスファルトの隙間から、一輪のタンポポが伸びている。その写真が一枚、詩織のスマホに届いていた。文面は、それだけだった。

 

詩織は、ホテルのベッドの上で、その写真を見ていた。

 

照明はやわらかく落とされていて、シーツの上に詩織の白い肩が浮いている。隣で田所が、満たされた顔のまま煙草に火をつけた。五十二歳の、妻のいる男だった。

 

田所は、仰向けになってスマホをいじる詩織の左の乳首を指先でなぞる。

 

「しーちゃんといると、若返るなあ」

 

田所は煙を吐きながら、そう言った。詩織は「またそれ」と笑って、スマホを伏せる。スマホに送られたタンポポについては、何も返さなかった。

 

田所は、ベッドサイドの上着に手を伸ばすと、無造作に封筒を取り出した。中身を確かめもせず、テーブルに置く。

 

「しーちゃん、これ、タクシー代」

 

封筒は、薄くなかった。帯のついた十万が、そのまま入っているのを、詩織は知っている。タクシーなら、家まで二千円もかからない。それでも田所は、いつも「タクシー代」と言って渡した。詩織も「ありがとう」と言って、それ以上は何も言わない。

 

 

詩織は封筒を受け取った。手のひらに伝わる紙の重みを感じると、胸の奥が、すっと楽になる。ああ、自分にはこれだけの価値があるんだ、と思える。詩織が一日のうちで一番ほっとする瞬間が、これだった。

 

封筒をバッグにしまうと、詩織はタンポポの写真のことを忘れていた。返信することもなく、白のブラで胸を包んだ。

 

大学では、詩織は清楚な子で通っていた。色の白い、口数の少ない、品のいい女の子。だれも詩織が中年男性と肉体関係にあることを知らない。

 

翌日、食堂で向かいに座っていた美樹が席を立ったあと、入れ替わるように永井がやってきた。トレイも持たずに、片手に小さな紙袋を提げている。

 

「これ、この前の旅行で買ってきた」

 

永井は、詩織の向かいに座ると、紙袋から小さなキーホルダーを取り出した。リスのキャラクターが、どんぐりを抱えてこちらを見ている。

 

「二個買っちゃったから、一個、詩織にあげる」

 

「えっ、なんで」

 

「前に、リス好きって言ってたから」

 

詩織は、覚えていなかった。いつ、そんなことを言っただろう。たぶん、何かのついでに、本当にどうでもいい流れで口にしたのだと思う。永井は、それを覚えていた。

 

「永井くんって、旅行行ってたんだ」

 

「うん、先週。山のほう」

 

ふと、詩織は思い出した。あのタンポポの写真。校舎の裏だと思っていたけれど、あれは旅行先だったのかもしれない。聞こうとしてやめた。詩織にはどうでもいいことだった。

 

「ありがとう。可愛い」

 

詩織がそう言うと、永井は「じゃあ」とだけ言って、すぐに立ち上がった。

 

詩織は、手のひらのリスを見た。どんぐりを抱えたリスは、無垢な瞳を輝かせて、こちらを見ていた。

 

少しして、美樹が戻ってきた。

 

「永井くんと何話してたの?」

 

「うん。これくれた」

 

詩織はリスのキーホルダーを見せた。

 

「えっ、お揃いってこと? 自分のぶんも買ったんでしょ?」

 

「うん。二個買ったって」

 

「あいつ、絶対あんたのこと好きじゃん」

 

「えー、どうかな」

 

「私、永井くんのバイト先に高校時代の友達がいるんだけど、先輩に詩織のこと、相談してるらしいよ」

 

「えー、何を相談してるの? ってか、永井くんってどこでバイトしてるの?」

 

「なんか、金持ちが来るお店らしい。この前、政治家が来たんだって」

 

「ふーん、そうなんだ。でも、永井くんってLINEとかは送ってくるんだけど、別になんともないというか・・・」

 

「このまえもタンポポの写真送ってきたんでしょ?」

 

「うん。送られてきた。でも、好きとは言ってこないんだよね。デートにも誘ってこないし」

 

「奥手なんだよ、永井くん」

 

「奥手?」

 

詩織には、その言葉がよくわからなかった。男の人って、好きだったら好きって言うものじゃないのか。会いたいとか、可愛いとか、もっと積極的にぶつけてくるものじゃないのか。詩織の知っている男は、みんなそうだった。下心を隠さず、欲しいものを欲しいと言ってくる。それが男だと思っていた。

 

「好きなら、好きって言うでしょ、普通」

 

詩織はそう言って、笑った。何も言ってこない永井の気持ちは、詩織には読み取れなかった。読み取れないものは、はじめから、無いのと同じだった。

 

「いいから、カバンにでもつけときなよ」

 

「えー、わかったよ」

 

詩織は、また曖昧に笑った。カバンにつけたリスは思いのほか可愛くて、それを写真に収めて、永井に送ろうとした。

 

スマホを開くと、田所から連絡が来ていた。

 

「今週末あいてる? しーちゃんの好きなとこ連れてってあげる(ハート)西麻布に良いお店見つけたんだ。個室でゆっくりしよう(ハート)(ハート)」

 

変換できていない絵文字が文字化され、画面の中で下品に光っていた。

 

詩織は、表情ひとつ変えずに笑顔を作った。

 

「わー、たのしみー!!!行く!!!」

 

すぐに、そう返した。

 

リスの写真は、送らないままになった。

 

 

土曜の夜、西麻布。

 

田所が予約していたのは、最上階のVIPルームだった。革張りのソファに、大きなモニター。テーブルには、頼んでもいない高い酒のボトルが用意されていた。田所はもう少し酔っていて、機嫌がよかった。

 

「しーちゃん、今日かわいいね」

 

「ありがと」

 

田所が、ポケットから細長い白い布を取り出した。詩織の目に、それをそっと当てる。

 

「ちょっとだけ。いいでしょ」

 

詩織は抵抗しなかった。視界が、布の向こうで白暗くなる。何も見えなくなると、かえって楽だった。何も見なくていい。ただ、されるままでいればいい。それは詩織が、いちばん得意なことだった。

 

田所は、目隠しされた詩織の服を素早く脱がし、ブラの中に手を入れた。

 

「キャッ」

 

詩織の高い声が室内に響く。

 

田所は詩織の乳首を舐め回しながら、スカートを脱がしていく。

 

「ちょっと、どうしたの」

 

「最近、しーちゃん不足なんだよ。こういうとこでやるの、興奮しない?」

 

「そうだけどさ・・・」

 

詩織の濡れたヴァギナに中指を入れて、激しく上下に振動させる。

 

何をされるかわからない悦びが、次々と詩織の体に襲いかかる。

 

詩織が声を出して喘いでいると、田所はペニスを詩織の口に突っ込んで黙らせた。

 

「ほら、これでも食べて大人しくして。もっと硬くしたら、しーちゃんのこと、気持ちよくさせてあげるから」

 

詩織は、田所のペニスを貪るほどに、自分の中挿れて欲しくなり、奥まで貪り尽くす。

 

「もう、そんなに欲しいのかよ、しーちゃん」

 

田所は、荒い息を整えて、詩織に挿入した。

 

激しく付き合う音が室内全体に響き、詩織は天にも昇るような気持ちになった。

 

 

「こんなの初めて・・・。気持ち良すぎる・・・」

 

——ノックの音がした。

 

「失礼します。お飲み物お持ちしました」

 

田所は、動きを止めることなく、「ああ。そこに置いといて」とだけ返した。

 

詩織は目隠しのまま、顔を伏せている。ドアが開いて、店員が入ってくる気配。グラスの触れ合う、かすかな音。テーブルに、何かが置かれる。

 

店員は、すぐには出ていかなかった。

 

ほんの一瞬、足音が止まった。

 

ソファの隅。投げ出されたカバンの持ち手に、どんぐりを抱えたリスが、照明を受けて小さく揺れていた。

 

足音は、それきり何も言わずに、静かに遠ざかった。ドアが、もとのように閉まる。

 

店員に見られたことくらい、詩織には大したことではなかった。顔を上げて確かめることもしなかった。

 

「あっ、イっちゃった・・・」

 

「俺もだよ」

 

二人は裸のまま抱き合った。詩織は、また一段、大人になった気がした。

 

それからしばらく、永井からのLINEは、ぱたりと来なくなった。

 

最初の数日、詩織は気にもとめなかった。一週間が過ぎたころ、ふとスマホを開いて、永井とのトーク画面を見た。いちばん上に、あのタンポポの写真が残っている。詩織は、結局、何も返していなかった。

 

「最近、写真こないな」

 

詩織は、声に出さずにそう思った。それだけだった。理由を考えることは、しなかった。考えたところで、わからない。わからないものは、はじめから、無いのと同じだった。だから、詩織は考えるのをやめた。

 

学食で永井を見かけることも、なくなった。学部が同じでも、会わなければそれまでだった。半年も続いたLINEが消えても、詩織の生活は何ひとつ変わらなかった。

 

その週末、田所から連絡が来た。

 

「会いたいな(ハート)」

 

詩織は、すぐに返した。

 

「私もだよ」

 

カバンの持ち手には、まだリスのキーホルダーが揺れていた。可愛いから、という理由で、詩織はそれを外さなかった。どんぐりを抱えたリスは、何も要求してこない顔のまま、揺れていた。誰からもらったものか、もう、あまり思い出すこともなかった。

 

詩織は鏡の前で髪を整え、いつもの笑顔を作って、手を上げてタクシーを止めた。

 

クリエイターのプロフィール
20代からメンエス・チャイエス・HPB健全店のエロ展開にハマり、大変なことになっています。実際に足を運んだからこそ書ける、“心が動いた”セラピストの記事を書いています。熱量高く話すため、文章は長めです。
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