ピストン・デバッグ


定時後のオフィス。
周囲の社員たちが帰宅し、静まり返ったフロアで、エンジニアの佐藤は怪しい海外の闇フォーラムを彷徨っていた。
そこで見つけたのは、開発者も用途も不明な謎のAPIパッケージ『W-Data』。
公式なドキュメントは一切なく、残されていたのはReadmeファイルの『W-Data: Real-time Biological Parser』という一行のみだった。
だが、ソースコードを覗いた佐藤は息を呑んだ。
「なんだこのコード……。入力インターフェースが汎用のビデオストリーム(映像データ)で、出力がJSON……。カメラの映像から、人間の骨格、血流、筋肉の弛緩、果ては神経の興奮度までを瞬時に算出して数値化する、とんでもない解析エンジンじゃないか!」
趣味で自作しているARスマートグラスの「生体ステータス可視化アプリ」が行き詰まっていた佐藤にとって、それは喉から手が出るほど欲しい技術だった。
佐藤はさっそくパッケージをRaspberry Piにビルドし、自作グラスのカメラ映像をAPIの入力ポートへと流し込んだ。

まずはテスト動作だ。佐藤はPCのモニターに、社内報動画に出演している美人上司、小鳥遊(たかなし)課長を大きく映し出し、グラス越しに見つめてみた。
その瞬間、彼女の頭上に、あり得ない精度で描画された奇妙なAR-UIが浮かび上がった。
『推定年齢: 32.4歳』
『発情度: 12%』
『深層性癖フラグ: [未解析]』
『性感帯マップ: [読み込み中...]』
「バカ言え。パラメータ名が『発情度』だの『性感帯』だの……誰かの悪質なジョークパッケージか?」
佐藤は呆れ、高度な解析エンジンが動いたことへの満足感だけを得て、その日は帰路についた。

翌日。佐藤は昨日の謎アプリを『切り忘れた』まま、自作グラスをかけて会議に参加していた。
昨夜のデータはただのジョークモックだとハナから信じていなかったため、バックグラウンドで『W-Data』の解析プロセスが裏で走り続けていることに、全く気づいていなかったのだ。
会議中、お堅いことで有名な小鳥遊課長にふと視線が向いた瞬間、突如として視界の隅に赤い警告アラートが走った。
『警告: 右胸 of 接触判定領域(コライダ)に微小な摩擦快感を検知。
原因: 下着の不一致(サイズズレ)による摩擦』
佐藤が半信半疑で目を凝らした瞬間、誰も見ていないと確信したらしい課長が、頬をかすかに赤らめ、ブラウスの上から胸のカップをモゾモゾと直す仕草をした。

さらに昼休み、清楚系で通っている後輩女性とランチへ出かけた際、ビルの隙間の歩道を歩く彼女の頭上に、
『ノーパン率: 100%』
と冷酷な緑色の文字が表示された。
直後、ビルの合間から強い突風が吹き抜け、彼女のふんわりとしたフレアスカートが派手にめくり上がった。佐藤の網膜には、文字通り下着を一切身につけていない滑らかな素肌が、白日の下に焼き付けられた。
「……グラスのカメラとセンサーが捉えた映像から、衣服の下の接触判定(コライダ)も、脳波や神経物質の分泌ステータスも、完全に現実の物理現象と直結させてリアルタイム解析してやがる!」
佐藤は冷や汗を流した。これはジョークなんかじゃない。世界の物理法則を完全に裏口からハッキングした、神の解析エンジン(バックドア)だ。

その日の定時後。周囲の社員たちが帰宅し、ついにオフィスで小鳥遊課長と二人きりになった。
グラスのUIで、カメラ映像からスキャンされた彼女の『隠しエンドポイント(深層性癖ログ)』を叩く。
『隠しパラメータ: [極度のM属性: True] [耳元での冷酷な命令: 発情バフ(5.0x)発動]』
佐藤はゴクリと唾を飲み込んだ。普段、自分を「進捗が遅い」と冷たく詰る彼女が、まさか。
佐藤は資料を渡すフリをして彼女の背後に回り込み、耳元に顔を寄せた。

「おい、小鳥遊。進捗遅れのお仕置きだ。黙って俺の言うことを聞け」
低く、冷たい声。
その瞬間、彼女の頭上の『発情度』が、12%から一気に60%へと跳ね上がった。バフが乗っている。
「え……っ、さ、佐藤くん……? 何を……っ」
課長の涼しげな瞳が、一瞬で熱を帯びて潤んでいく。
佐藤は逃がさない。グラスの「性感帯マップ」が示す、首筋のピンポイントな座標(X:142, Y:55)を指先でなぞった。
接触判定(ヒットテスト)成功。
「ひゃんっ!?」
強固だったはずの課長の理性(ファイアウォール)が一撃で突破(バイパス)された。彼女は膝の力が抜け、デスクに手をついて激しく息を荒くする。
「こんなの……ダメなのに……っ、身体が、熱くて……」
脳内のコンソールに『Status: 200 OK』の文字が刻まれるのを、佐藤は確かに感じた。
佐藤は彼女をデスクの上に押し倒し、スカートをたくし上げ、衣服を乱した。
ここからは「仕様書」通りの完璧なアプローチだ。
グラスのUIには、彼女の身体のどこを、どの程度の圧力で、どの角度から攻めれば最も効率よく快感が上昇するかが、すべて「リアルタイム・ログ」として流れている。
佐藤はグラスが示す「最も熱源の赤いポイント」に、ミリ単位の正確さで触れていく。
「あ、あっ、そこ……! なんで、そんな、ピンポイントで……嘘、やだぁっ!」
課長はシーツ代わりになったデスク上のコピー用紙をクシャクシャに掴み、背中を反らせて喘いだ。
身体の水分率(潤い)はすでに限界を超え、佐藤を受け入れる準備を完璧に終えている。
佐藤はゆっくりと自身を割り込ませ、奥へと繋いだ。
「はうあぁっ……! あつい、佐藤くんの、おっきいのが、奥まで、全部……っ!」
腰を動かすたび、グラスの数値が激しく変動する。
『ピストン周波数: 1.2Hz』
『摩擦係数: 最適(Optimal)』
『現在の発情度: 98%』
狙い澄ました角度で最奥を突くと、課長は声を枯らして絶頂した。
「だめ、あぁぁぁっ! イっちゃう、イく、イくぅぅ!」
小鳥遊課長は白目を剥き、佐藤の背中に爪を立てて激しく身をよじった。
すべてが仕様書通り。バグ一つない。佐藤は「俺は世界を、この女を、完璧にコントロールしている!」と万能感に酔いしれていた。

だが、彼が勝利を確信し、自身も絶頂へ向けてピッチを上げようとした、まさにその瞬間だった。
スマートグラスの視界が突如、ノイズと共に真っ赤に明滅し始めた。
『重要なお知らせ: System Update ver.2.0 を実行します。システムを停止しないでください』
「は? 待て、今!? 本番(プロダクション)環境で勝手に自動アップデートすんな!」
画面に表示されるプログレスバーが、非情にも100%に達する。
『Update Completed. 変更点: 生体マッピングアルゴリズムの刷新、および重大な脆弱性の修正』
次の瞬間、小鳥遊課長の頭上に無数の赤いエラーコードが滝のように流れ落ちた。
「……あれ?」
さっきまで「そこっ、だめぇっ!」と狂ったように悶えていた課長が、急にスンとした真顔になり、首を傾げた。
「なんか……急に、何も感じない……」
「は?」
佐藤は動きを止めた。
「ほら、動いてみて。……うん、やっぱり駄目。感覚が完全に遮断されてる感じ。異物感はあるけど、気持ちよさは一切ないの」
冷淡に、客観的に自分の状態を報告してくる課長。
発情ゲージ自体はMAXのまま固定されているため、彼女の身体は熱く、汗ばみ、蜜を溢れさせている。にもかかわらず、どれだけ擦り上げても、彼女の脳には「快感の信号(シグナル)」が一切届いていないのだ。
佐藤は焦ってスマートグラスのログをデバッグモードで展開した。
「最悪だ……! アップデートのせいで、骨格推定アルゴリズムが変わって、コライダ(当たり判定)の座標マッピングがめちゃくちゃにズレてやがる!」
本来の「乳首」に登録されているはずの受容体(コライダ)が、バグのせいで「おへそ」の位置にマッピングされている。

試しに、おへそを指先でなぞってみる。
「ひゃああかっ!? おへそを触られてるだけなのに、なんで胸の先を思いきりつままれたみたいな感覚が走るのよぉっ!」
課長が激しく身をよじり、自分の胸を隠しながら喘いだ。
「おいおい、おへそを触られたのに胸の神経が稼働してるのか!? 完全に感覚のポインタが狂ってる!」
さらに、アプローチに対する応答処理(ハンドラ)にも致命的な不具合が発生していた。
「課長、大人しく俺に弄ばれてろ!」
佐藤がドM属性の彼女を煽ってみる。しかし、
「ちょっと、急に偉そうにしないで」
本来なら興奮するはずの冷酷な命令に対して、ただの不快感として処理され、冷たい目で見下される。
「じゃ、じゃあ……課長、本当に愛してます。世界で一番、愛おしい存在です……」
今度は真逆の、甘く優しいアプローチを試みる。
「あうううっ! そんな優しい言葉を言われてるのに、なんで脳内ではひどい言葉でなじられてるみたいにゾクゾクしちゃうのぉぉ! 壊れちゃうぅぅ!」
「アプローチに対するハンドラ(応答処理)の割り当てが完全に逆になってる!」
バグのせいで、優しい言葉に極度のM反応が出力されてしまい、カオス状態に陥っていた。
しかし、本人の「発情度」はMAXのままなので、課長自身も欲求の持って行き場がなく、悶え苦しんでいる。
「早く……っ、どこでもいいから、気持ちよくしてぇ! 佐藤くん、お願い!」
課長が涙目で佐藤にしがみつき、デスクの上で暴れる。
「クソッ、こうなったら総当たり(ブルートフォースアタック)だ!」
佐藤は物理的な接触箇所を少しずつ変え、センサーが吐き出すリアルタイムログを血眼で追った。
「クリトリスの判定はどこだ!? 太ももの内側か!? いや、反応がない。さらに右に3センチスライド……違う、膝の裏だ! 膝の裏をこすると、何でそこまでビクビク跳ねるんだよ!」
「ひゃ、あぁっ! そこ、違うのぉっ……! 膝の裏を指先で軽く撫でられてるだけなのに、なんで、一番敏感な突起(そこ)を直接、指の腹でゴリゴリに、熱く押し潰されてるみたいに脳がジンジン痺れちゃうのよぉっ! 身体が勝手に脈打って、蜜が、溢れちゃうぅぅっ!」
本来何もない皮膚を指で擦るたび、課長は激しく潮を吹き、狂ったようにのけ反る。
「今度はGスポットの探索だ! 身体を上下に二分して調べる! 上半身か、下半身か!? よし、下半身に反応アリ! さらに膝から上か下か!? 下だな! ふくらはぎか、足の裏か!? 二分探索(バイナリサーチ)開始!」
「あ、あんっ! 嘘、やだぁっ……! 足の裏をカリカリ擦られてるだけなのに、なんで、ナカの……すぐそこ、上の方の、一番弱いところを直接コリコリ抉られてるみたいになるのぉっ! そこが、熱くズクズク疼いて、勝手にひくひく締まっちゃうぅぅっ!」
静まり返ったオフィスに、プログラマーの絶叫と、バグに翻弄される美女の不自然に混線した喘ぎ声が響き渡る。
「優しく撫でながら、冷酷に命令する! いや、応答が反転してるから、激しく動きながら『愛してるよ』と優しくささやくのが正解か!? 難易度高すぎるだろこのデバッグ!」

夜も更けた頃。
デスクの上に散らばったコピー用紙の上で、汗まみれになった二人は、同時に限界を迎えて大きなため息と共に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……、死ぬかと思った……」
なんとか全てのバグ挙動を脳内でワークアラウンド(回避策)し、彼女を満足させることに成功した佐藤は、抜け殻のようになって天井を見上げた。
隣では、激しい『ピストン・デバッグ』によって完全にイカされてしまった小鳥遊課長が、満足げな寝息を立てている。
「神のシステムで楽をするはずが、なんで残業して障害対応しなきゃいけないんだ……」
プログラマーとしての悲哀を感じつつ、佐藤がスマートグラスを外そうとした、その時だった。
グラスの視界に、再び青いシステム通知がポップアップした。
『System Update ver.2.1 がリリースされました。変更点: 軽微なバグの修正、およびセキュリティパッチの適用。10秒後に自動再起動します』
「待て、修正するなァァァァ! またマッピングを覚え直しになるだろォォォォ!」
エンジニアの悲痛な絶叫が、静まり返ったオフィスに、虚しく響き渡った。
