【実体験】雨のホテルで、もう一度再開

テーマ:
好きなまま別れた二人が、大人になってからもう一度、本音と身体で向き合う。
登場人物:
佐伯 悠真
36歳。広告代理店勤務、営業企画職。
落ち着いていて仕事はできるが、恋愛では不器用。
七年前、美咲と別れた後も、どこかで彼女を忘れられずにいた。
自分から追いかけることが苦手で、「相手のため」と言いながら本音から逃げる癖がある。
美咲との再会によって、自分の未練と欲望を認める。
桐島 美咲
34歳。インテリア関連会社勤務、企画職。
大人びた雰囲気と静かな色気がある。
七年前は、悠真にもっと求められたかったが、寂しさを素直に言えなかった。
今は自立しているが、恋愛に対して少し臆病。
自分から「もう少し話したい」と言うことで、過去とは違う一歩を踏み出す。
本編
ホテルのバーは、雨音を遠くに閉じ込めたように静かだった。
佐伯悠真は、カウンターの端でグラスを傾けながら、窓の向こうに滲む街の灯りを眺めていた。地方都市の夜は、東京のそれより少しだけ暗く、少しだけ湿っている。明日の午前には大手メーカーとの打ち合わせがあり、そのために夕方の新幹線でこの街に入った。資料の確認は済ませた。上司への報告も終えた。部下からのメッセージにも一通り返した。もうやるべきことはない。
それなのに、部屋に戻る気にはなれなかった。
三十六歳になってから、悠真はこういう時間が増えた。仕事は忙しい。責任もある。収入も悪くない。休日に一人で過ごすことにも慣れた。誰かと暮らしたいと強く思うこともなければ、恋愛をしなければ人生が欠けているとも思わない。
ただ、ときどき、不意に胸の奥が空洞のようになる。
それは夜のホテルだったり、出張先の知らない駅前だったり、家に帰って冷蔵庫の低い音だけが聞こえる部屋だったりした。何かが足りないのではなく、かつて確かにあったものを、自分から手放したことを思い出すような感覚だった。
グラスの中で氷が小さく鳴った。
「……悠真?」
その声を聞いた瞬間、指先が止まった。
呼ばれ慣れたはずの名前が、七年ぶりに昔の響きを取り戻す。悠真はゆっくり振り返った。そこに立っていた女性を見た瞬間、胸の奥の空洞に、冷たい雨が落ちたような気がした。
桐島美咲だった。
白いブラウスに、細身の黒いスカート。肩にかかる髪は雨に少し濡れて、耳の下でやわらかく揺れていた。昔より落ち着いた雰囲気になっている。表情にも声にも、三十四歳の女性らしい静けさがあった。それでも、驚いたときに唇を少しだけ開く癖や、何かを言う前に一度まばたきをする仕草は、記憶の中の彼女と何も変わっていなかった。
「美咲……?」
名前を呼んだだけで、七年という時間が頼りなく崩れた。
