ラブホテル管理人・黒川の見たもの

黒川修一、五十五歳。
都心から離れた地方都市の外れにあるラブホテル「エーゲ海」の受付兼管理人をしている。
以前は東京でソープランドを経営していたが、時代の波に飲まれて店は潰れた。借金だけが残り、古い知り合いのつてで、このホテルの管理人を任されることになった。
「平日の昼だっていうのに、みんなお盛んだねぇ。さてさて、この間の動画でもチェックするか」
モニター電源を付け、動画を再生する。そこにはラブホテルの一室の男女が映し出される。
「おー、やっぱりいい女だったねぇ。ちゃんと映っているかな?」
黒川は動画の再生ボタンを押す。

「やっぱりダメです課長、課長の奥さん合った事あるじゃないですか!」
「美佳ちゃん、アイツとは分かれるって言ったじゃないか。本当に美佳ちゃんが好きなんだよ。それにあのプロジェクトも君に任せたいんだ」
「ええ、、でも」
「なんだよ、不倫かよ。課長がんばれよ~」
「美佳ちゃん、もう我慢できないよ」
「あっ、課長だめです、、ああっ、あああっ」
課長は美佳をキスして押し倒して服を脱がせていく。そして生々しい不倫セックスが良い角度で映し出される。
「やっぱりこの女もやる気じゃねぇか。スケベだな」
黒川は満足げににやりと笑い、管理人室で自慰行為をする。
そう、黒川には誰にも言えない趣味があった。
客室に隠しカメラを設置し、モニター越しに“セックス”を見ること。 もちろん違法だ。だが、彼にとっては唯一の楽しみであり、孤独を紛らわせる手段でもあった。。
◆そんなある日、黒川は奇妙な客に気づいた。
スーツが身体にぴたりと合った、細身のサラリーマン。
年齢は三十代だろうか。
無表情で、必要最低限の言葉しか発しない。

「あれ、こいつ昨日も来たけど、一人で入って一人で出ていったやつだな。。
女が来なかったらから、フラれたか風俗を呼ぼうとしたけどいい女がいなくて帰ったのかと。今日はいいデリヘル嬢でも見つかったかな?」
2時間後、サラリーマンはそのまま帰っていった。
「なんだあいつ、オナニーでもしてんのか?」
最初は珍しくもないと思った。最近はカラオケだけする客もいるし、配信をしているらしい女性客もいる。
だが、翌日も、その翌日も、男は同じ時間帯に現れ、同じ部屋を指定し、そしてまた一人で帰っていく。
「何をしてるんだ、あいつは……?」
黒川の好奇心が疼いた。
◆五日目の夜
黒川が廊下の見回りをしていると、例の部屋の前で足が止まった。
中から、男の声が聞こえる。
「……うん、今日は来てくれて嬉しいよ」
「そんなこと言うなよ。君が悪いわけじゃない」
まるで誰かと会話しているような口調だった。
しかし、部屋には男しか入っていない。
黒川の背筋に、冷たいものが走った。。「誰かがいる。。」
◆
どうしても気になった黒川は、翌日、男が来る前に隠しカメラをその部屋に設置した。
そしてその日の夜。
男はいつものように現れ、無言で鍵を受け取り、部屋へ向かった。
黒川は管理室に戻り、モニターの電源を入れた。
画面には、部屋の中央に立つ男の姿。
男は誰もいない空間に向かって微笑み、何かを語りかけている。
その表情は穏やかで、どこか恋人に接するような優しさがあった。
「……、会いたかった」
男はそう言いながら、空中に手を伸ばした。
まるで、そこに誰かがいるかのように。
黒川は息を呑んだ。
男の視線の先には、何も映っていない。
だが、男は確かに誰かと“触れ合って”いるように見えた。
肩に手を回し、抱きしめるような仕草をし、耳元で囁くように口を動かす。
舌を出して、キスをしている。そして服を脱ぎ、手を動かして空中をまさぐる。。
全裸になり、一人で腰を振り続ける。そのうち、サラリーマンの肉棒から白い精子がベッドに飛ぶ。
黒川の背中に、じわりと汗が滲んだ。
そのとき、黒川はふと、ホテルのオーナーが以前話していたことを思い出した。
「昔な、このホテルで自殺した女性がいたんだ。
恋人に捨てられて、ここで首を……」
黒川は喉を鳴らした。
まさか、と思った。
だが、モニターの中の男の表情は、恋人に向けるそれだった。
「……おい」
黒川は思わず声を漏らした。
その瞬間、モニターの中の男が、ぴたりと動きを止めた。
そして、ゆっくりと、カメラの方を向いた。
黒川は凍りついた。
男の目は、まるで誰かに操られているかのように虚ろで、しかし確実に“こちら”を見ていた。
「……見ているのか?」
男が呟いた。
黒川は慌ててモニターの電源を切った。
画面は真っ黒になり、管理室には自分の荒い呼吸だけが響いた。
◆
黒川は椅子に座り込んだ。
心臓が激しく脈打っている。
「……馬鹿な。気のせいだ」
そう言い聞かせ、黒くなったモニターを見つめた。
そのときだった。
黒い画面に、何かが映った。
最初は自分の顔だと思った。
だが、違う。
自分の“後ろ”に、長い髪の女が立っていた。
白い顔。
濡れたような黒髪。
そして、こちらを覗き込むように傾けられた首。
黒川は声にならない悲鳴を上げ、振り返った。
そこには誰もいなかった。
だが、モニターの中の女は、確かに黒川の背後に立っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……見てたよね?」
◆
翌朝、オーナーが管理室を訪れたとき、黒川の姿はなかった。
椅子は倒れ、モニターは電源が落ちたまま。
ただ一つ、黒川のメモだけが残されていた。
《あの女は、まだいる》
オーナーはため息をつき、静かにメモを折りたたんだ。
そして、誰もいない廊下を見つめながら呟いた。
「……また、始まったか」
