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巨大化した熟女・幸子【第3回ワクストR18短編小説コンテスト 入賞作品】

田中幸子、42歳。

パート勤め、婚約者あり、趣味は韓国ドラマ。

どこにでもいる普通の熟女である。

 

だった…先月までは。

 

事の始まりは、近所のスーパーで

特売のエビチリを買って帰る途中だった。

黒いバンが横に止まったと思ったら、

次の瞬間には真っ暗な部屋の手術台に寝かされていた。

 

「シャドウ・ラボへようこそ」

 

白衣の男が言った。

名札には「Dr.カゲヤマ」とある。

六十がらみで、頭頂部だけ毛が残っている。

悪の科学者にしては小物感が漂う。

 

「あなたには我々の最高傑作になっていただく」

 

「エビチリが溶けるんですけど」

 

「黙れ!」

 

 

手術は三日間に及んだ。

幸子が麻酔から覚めると

背中に基板のようなものが埋め込まれ

胸の中心に赤いランプが取り付けられていた。

頭には細いアンテナが二本。

どう見ても安っぽい。

 

「これは何ですか」と幸子は聞いた。

 

「生体感情センサーだ」

カゲヤマは胸を張った。

「性的興奮を感知すると、全身が巨大化する。我々の研究の集大成だ」

 

「どの程度でスイッチが入るんですか。制御方法は?」

幸子は聞いた。

 

「それは……追って説明する」

 

カゲヤマは目を逸らした。

最高傑作の取扱説明書としては、あまりにも薄い。

 

幸子はその夜、拘束の隙をついて逃げ出した。

警備員が追ってきたが

廊下で偶然カレンダーの水着グラビアを目にしてしまい

気づいたら天井を突き破っていた。

警備員たちは逃げ散った。

幸子も逃げた。

方向は逆だったが、結果的に脱走できた。

 

---

 

日常に戻ることは出来た…が

問題が起きた。

能力の制御が一切できないことだった。

 

興奮すれば巨大化する。

それは理解した。

しかしカゲヤマの説明はそれだけで

どの程度でスイッチが入るのか

どうすれば止められるのか

何も教えてもらっていない。

結果として幸子には、何もわからないままだった。

 

スーパーのレジのおじさんに

「お釣りです」

と手を触れられただけで

胸のランプが点滅し始めた

慌てて

と頭の中で唱えたら、なんとか収まった。

以来、これが幸子の緊急呪文になった。

 

職場のパートは辞めた。やむを得ない。

更衣室で同僚の武田さんが

「最近彼氏とうまくいってて」と言い出した瞬間

天井に頭がめり込んだからだ。

 

婚約者の健司には

「ちょっと体の調子が悪くて」とだけ伝えた。

健司は「無理すんなよ」と言い

缶コーヒーを差し入れてくれた。

その気遣いに胸のランプが三回点滅した。

幸子は「インボイス、インボイス」と心の中で叫んだ。

 

そんな生活を二週間ほど続けた頃、

防衛省から電話がかかってきた。

 

「田中幸子さんですね。巨大化事案、三件の件でお話が」

 

どうやら逃走中の騒ぎがニュースになっていたらしい。

幸子はため息をついた。

エビチリは結局、あの日のまま冷蔵庫で干からびていた。

 

---

防衛省の担当者・佐藤三等陸佐は

資料を広げながら言った。

 

「率直に申し上げます。地球がまずいことになってます…」

 

ゾグロス星人。

銀河系外縁部から飛来した宇宙征服軍である。

体長三メートル、全身が紫色のぬめりに覆われ

目が四つ、腕が六本。

見た目の不快感は満点だ。

 

「すでに九州北部に三体確認されています。通常兵器はほぼ効かない。そこで——」

 

佐藤は幸子を見た。

 

「私ですか」

 

「あなたしかいないんです」

 

「巨大化するだけですよ」

 

「それで十分です」

 

 

幸子は少し考えた。

 

「手当は出ますか」

 

「日当八千円で」

 

「わかりました」

 

こうして幸子は地球の盾になった。

動機は薄い。

しかし日当八千円は、パートを辞めた今

無視できない金額だった。

 

現地に到着すると、ゾグロス星人の一体が

ビルの外壁を素手で剥がしているところだった。

体長三メートル。

思ったより大きい。

幸子はヘルメットを受け取り、深呼吸した。

 

「……どうやって巨大化するんですか」

佐藤が耳打ちした。

 

「考えます」

 

「何を?」

 

「それは言えません」

 

幸子は目を閉じた。

頭の中に健司の裸を浮かべた。

去年の誕生日に、不器用ながらも愛を育んだ。

「幸子さん、大好きだよ」

逝きながら言った健司。

 

胸のランプが激しく点滅した。

 

足元の地面がみしみしと鳴り

幸子の身体が急速に膨れ上がった。

三メートル、四メートル、五メートル。

ヘルメットが吹っ飛んだ。

自衛隊員たちが二歩ほど後退した。

 

ゾグロス星人と目が合った。

ほぼ同じ目線だった。

 

---

ゾグロス星人は止まった。

 

六本の腕を広げたまま

四つの目を幸子に向け、ぴたりと動きを止めた。

 

幸子も止まった。

 

沈黙が数秒続いた。

 

それからゾグロス星人は、奇妙な声を発した。

「ねぇ佐藤さん、なんて言ってるの?」

翻訳機を持っていた佐藤が青ざめた顔で幸子に告げた。

「『美しい』と言っています」

 

「……は?」

 

「『我が星に連れて帰りたい』とも」

 

「やめてください」

 

しかしゾグロス星人は聞かなかった。

六本の腕で幸子をそっと包み込み、

紫のぬめりを全身に塗りたくり、

四つの目でじっと見つめてきた。

幸子は「インボイス!」と叫んだが、

今回ばかりは呪文が効かなかった。

 

 

翌朝。

 

幸子は郊外の空き地で目を覚ました。

服はなく、裸だった。ゾグロス星人もいなかった。

空は妙に清々しい青さで、近くで雀が鳴いていた。

 

幸子はしばらく空を見上げた。

 

「……インボイス」

 

誰もいないので、呟いてみた。意味はなかった。

 

問題はその後だった。

 

健司から「今日会えない?」とLINEが来た。

幸子は会いに行った。

健司が手を差し伸べてきた瞬間、幸子の身体が震えた。

胸のランプが赤く点灯したまま消えない。

身体が受け付けない。人間の温度が、なぜか遠い。

幸子は逃げるように家に帰り、布団をかぶった。

 

---

翌日、残り二体のゾグロス星人が東京に現れた。

 

幸子に再び出動要請が来た。

断る理由もないので行った。

もはや惰性である。

 

現地に着くと、昨日と同じ星人が二体

やはり同じように幸子を見て動きを止めた。

どうやらゾグロス星人の間で

幸子の情報が共有されているらしい。

不名誉にもほどがある。

 

幸子が対応に困っていると

人垣の向こうから健司が走ってきた。

 

「幸子さん!」

 

「なんで来たの」

幸子は五メートルの身長のまま言った。

 

「心配で…」

 

健司は幸子を見上げた。

五メートルの幸子を。

頭にアンテナが二本生えて、胸に赤いランプが灯った幸子を。

それでも健司の顔は、いつもと同じだった。

 

「ねえ幸子さん」

 

健司は言った。

「太った?」

 

ゾグロス星人も止まった。

佐藤も止まった。

自衛隊員全員が止まった。

 

幸子の中で、何かがぷつんと切れた。

 

「……太ってない」

 

低い声だった。

地の底から来るような声だった。

胸のランプが白く輝いた。

身体がさらに膨れ上がった。

六メートル、八メートル、十メートル。

 

「太ってない!」

 

もう一度言った。今度は叫んだ。

 

幸子はゾグロス星人を右手で鷲掴みにし

左手でもう一体を鷲掴みにし、

そのまま空の彼方へ思い切り投げ飛ばした。

二体の星人は、きれいな放物線を描いて宇宙へ消えた。

 

着地した幸子は、すぐに元の体型に戻った。

胸のランプも消えた。

 

健司が駆け寄ってきた。

 

「大丈夫?」

 

「……大丈夫じゃない」

 

「そっか」

 

健司は黙って幸子の隣に立った。

手を繋いできた。

今度は、震えなかった。

ランプも点かなかった。

 

---

 

防衛省の記録には

「特殊工作員・田中幸子による単独撃退」

とだけ記された。

日当八千円、二日分。

幸子が受け取ったのはそれだけだ。

勲章も表彰状もない。

そもそも作戦自体がトップシークレットで

健司にも言えない。

 

帰り道、二人でスーパーに寄った。

特売のエビチリが残り一パックだった。

 

「ラッキー」と健司が言った。

 

幸子は何も言わなかった。

でも胸のランプが、一回だけ、ちかっと光った。

クリエイターのプロフィール
<兵庫、大阪の体験記>                ◾セット販売             こんな組合せが欲しいとか対応       (※別途DMで承ります)                    [その他質問等はDMにて]
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